山手邸宅地山手邸宅地

山手邸宅地

Yamanote's mansion district

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次代の山手邸宅地へ。

〜今こそ住まうべき、
高台がある〜※1

※1.「次代の山手邸宅地」とはJR山手線に近接する高台に、新たな住環境の創造を目指す本プロジェクトの理念を表した言葉です。
神田川(徒歩2分・約140m)(2018年3月撮影 )
神田川(徒歩2分・約140m)(2018年3月撮影 )

歴史History

江戸時代から
歴史を継ぐ邸宅エリア
江戸時代には徳川将軍が鷹狩りを行っていた東中野5丁目エリア。
明治時代から大正の初期にかけては、約1万5千坪もの花園「華洲園」が広がり、東京市内に花々を供給していた。

その後は一帯が一区画600~2600坪もの広さで分譲され、藤堂伯爵や三越社長・中村利器太郎氏などが居を構えた。住宅地となってからも、街の人々はここを「華洲園」と呼び続けていたという。
「風俗画報(東京近郊名所圖會第16巻)」(国立国会図書館所蔵)
「風俗画報(東京近郊名所圖會第16巻)」(国立国会図書館所蔵)

山手邸宅地Yamanote's
mansion district

目白、松濤、代官山と並ぶ
ポテンシャルを有した立地特性
立地概念図

山手邸宅地Yamanote's
mansion district

目白、松濤、代官山と並ぶ
ポテンシャルを有した立地特性
目白、松濤、青葉台、代官山—。
JR山手線と山手通りの間には、邸宅地として広く知られているエリアが多く集う。
〈Brillia 東中野 Parkside Hills〉が誕生するエリアもまた、その一帯に連なる地である。中野区と新宿区の懐—神田川の流れる様から「小滝台」と称された一角※2。ここに、今後の時代を見据えた邸のあり方を描き出す。住み継がれし高台は、今こそ住まうべき、次代の山手邸宅地※1へと進化する。
※2.出展:「東中野今昔ものがたり 第四四回」
  • 目白
  • 松濤
2018年8月撮影

高台・眺望High ground and View

新宿を見晴らす、
南傾斜の高台。

「Brillia東中野Parkside Hills」は、武蔵野台地の一画、南傾斜の高台に誕生します。
そのため、南側には新宿を眺める圧倒的な眺望を確保します。

高低差概念図

※表示距離は現地からの地図上の概算です。徒歩分数は80m=1分として算出し、端数は切り上げております。
※掲載のエリア概念図は、地図を基に描いたイメージ図で、地形・距離・方角等は実際とは異なります。周辺の道路等は省略・簡略化しております。
※掲載の高低差概念図は現地周辺の高低差をイメージイラストで表現したもので、実際とは異なります。